ただただダラダラ佇むダダイズム

知らざあ言って聞かせやしょう。

ブログ二日目でまたも破綻した。まあ俺のことを少し書いていこう。

今日でブログを書くのも二日目。

昨日書いてみてなかなかいい感触を得た。まあこれを如何に続けていけるかってところだろう。

名前を菊の助と名乗っていたのだがキクノスケに変更をしてみた。なんとなくこっちの方がしっくりくるもんだ。

一日目でキャラクタが破綻し二日目で名前が破綻。破綻続きだかなかなか良い始まりだ。

明日は何が破綻するのか楽しみになってくる。何事も楽しまなきゃな。

いきなりのカミングアウトで悪いが俺は社会不適合の烙印を押されてきた者だ。一般でいうな。背中にはまだその烙印は残ってる。

社会には弾かれたが社会では生きてる。そこで地位も得ている。

だが俺は社会不適合者だ。

追々書いていくが会社というものに馴染めなくてな。

仕事はわりかしできる方だったのだが人間関係が苦手でな。みんな俺のことが嫌いなんだって思ってたよ。

会社に入りは尽く辞めてというのを繰り返していた。

その時自分は駄目な人間なんだろうと諦めていた。皆が出来ていることができないとな。

だから何かあれば尽く逃げて来ていたと思ってた。いつでも敗北感を味わっていたさ。

ふさぎ込み引きこもりを続けてた時もあった。

だがそうではなかったのだ。

人も生物や植物と同じだ。いるべき所がある。咲くべき所がある。

それを間違えていただけだったんだ。この世には1つの社会しかないわけじゃない。

いくつもの社会がある。大小いくつもいくつも数え切れないほどに。

その中で一番多く人が所属してるグループが合わなかっただけだということだ。

マジョリティではなくマイノリティなだけだ。ただ変わり者だっただけ。それだけのこと。

マイノリティな社会では私は活き活きしている。昔のような敗北感も虚無感もない。

更におもしろいのはマイノリティで復活した俺はマジョリティの社会でも地位を得たということ。

あれだけ馴染めなかった社会を今では縦横無尽に駆け回っている。

気づけば締め出された社会でも咲き誇っている。

不思議なものだ。あれだけコケにしてた者達が今ではペコペコご機嫌取りをしている。

ただそれを見て見返してやったなどという気持ちは一切ない。

最初からなかったといえば嘘になるがそんなちっぽけな気持ちじゃ酒のつまみにもならない。

哀れみも優越感もない。同等なんだ。笑って酒酌み交わしゃ馬鹿話しで盛り上がる。

あれだけコミュニケーションが苦手だった俺がコミュニケーションが得意な奴らと共に。 

みんな俺が嫌いだったわけではなかった。俺が俺でいれなかっただけなんだ。ずっとそれを人のせいにして生きてた。

これはまた今後書いていくが誰でも輝ける場所はある。俺と同じような奴でもな。

これはまだ序章。今後こんなことを書いていくんで今後ともよろしく頼もう!

まず今日はこれぎり!

 

今日の知らざあ言って聞かせやしょう
まずは咲く場所をしること!そこで自分の咲き方を覚えればどこだって咲き誇れる。

© 2016 知らざあ言って聞かせやしょう.