ただただダラダラ佇むダダイズム

知らざあ言って聞かせやしょう。

自分が動けば人も動く。そこには必ず何かが起こるんだ。

またしばらくブログを離れていた。普段は日本全国を回っている。
俺を必要としてくれる人がいるならば俺はそこにかけつけて力になりたいと思っているからだ。

今回は予算的にかなり少ない。話しを受けるかどうか一瞬迷ったが店主の気持ちとやる価値があると直感で思ってきめてきた。

まあそんなこんなで今は久々にWordPressでサイト構築をしている。構築とはいっても予算的にテンプレートを使うことになったが俺が作ったオリジナルテンプレートがあるのでそれを流用している。

今はマーケティングディレクションの方が生業として大きな存在だがフリーランスWEBデザイナーをしていた時もある。むしろそれが大きな夢であった。

今日はそのきっかけになった話しをちょっとしようかなあ。

IDEO

社会復帰をした俺は一時仕事には就いたがいわゆる普通の生活が出来なかったのだ。社会不適合者であると分かってはいつつもそこに蓋をして自分を苦しめてきた。

会社のような組織にいられなければ生きていけない。そう思っていた。だからそれを手放せなかった。当然のことだと思う。社会不適合者が社会を出て生きていけるなどその時は思えなかったからだ。

ある時俺は1つの考えにたどり着いた。それはやりたくないことをやらない自分だ。できないこともできないで良い自分だ。やりたくないこともできないことも自分にやれと言い聞かせてきた。だがもうそんなことはしない。自分を痛めつけるのは終わりだ。そういう考えにたどり着き実行に移した。手放せなかったものを手放したのだ。やりたいことをやるためにも。

前の自分ならばここでまたひきこもりに戻っていたであろう。もう今までの自分とは違う。だが目立った学歴も職歴もない何もない俺がなにをすれば良い。結局はバイトか。また掃除でもするか。いや違う。俺はやりたいことをするためにやりたくないことをやめたんだ。俺は俺ができることを仕事にしようと思った。

ここは結構わかりづらいと思うが、やりたくないことをやらないというのは全てを放棄するわけではないのだ。何かをやりたいと思うのであればそのためにやりたくないことはやらないということだ。似てるようで違う。

むしろ全てを放棄して生きてみれば分かると思う。そんな生活はすぐに飽きてしまうものだ。何かしたくてうずうずする。それが実感できるはずだ。

ひきこもりの人だってそうだと思う。何かをしたいはずだ。でもその行動が伴わないのだ。その何かが分からずにもがいている人もいるだろう。だが何かにうずうずしているはずだ。前の記事でも書いたが俺はそうだった。

自分にプロジェクトという名の任務を与えて満足して安心していた。うずうずしている感覚を打ち消すためにひたすら任務を遂行していった。

人間というのは何もしないでは生きれないのかも知れない。ひきこもりの人が自分に与えた任務でも金持ちが何もしないで過ごさずにいるのは同じ。何かに満足している。任務や金という安心に。その安心が人間の本能を押さえつけているんじゃないかと。

まあ話が反れたので戻すが俺ができることといえばWEB制作位だ。タグ打ちでセンター揃えの時からやっている。これが自分に任務として与えてきていたことだ。
さっきも書いたが学歴も職歴もあってないような存在だ。資格も無いし免許もない。人生詰んでる。そう言われたこともあるが俺は諦めなかった。

俺はとにかく時間があれば自分でWEBデザインを作っていた。だが実践での経験が豊富にあったわけではない。経験といってもその時は散々だった。それからこんな自分では駄目だと怖がって本当にやりたいことから逃げていた。だからその後WEB系の職についたことはない。だがもう逃げ場はない。俺は袋の鼠だ。もうやるしかない。

実際に作れるとしてもお客さんなんていない。どうすればいいか迷っていたがとにかく止まっていても何も始まらない。俺は目についた会社に作品を持って営業をした。どこか飯を食いに店に入れば名刺を見せて営業をしたりもした。だがなかなか上手くいかないものだ。やはり俺には無理なのか…そう考えた時もあるがなんとか乗り越えて続けていった。

どれくらい続けていたのか、ある会社が目についた。以前俺がひきこもりから立ち直る際に面接をドタキャンした会社だ。その記事に書いたのだが俺はその後仕事が決まってから少し経った時にドタキャンした会社全てに謝罪のメールや手紙を送っていた。返答してくれた所もあったがその会社からは返答がなかった。

その会社の前に立ち俺は考えていた。あの時ここまできて入れなかった会社に勇気を出していってみよう。今思えば仕事とか関係なく自分に踏ん切りを付けたかっただけなのかも知れない。

階段をあがりドアをノックすると怖そうなおじさんが出てきた。一瞬たじろいだが俺は一生懸命に売り込んだ。だがまったく興味なさそうなおじさんを動かすことはできなかった。
ここもだめかと諦めて、以前にドタキャンしたことの謝罪と手紙を出したことを伝えて俺は階段を降りようとした。

そこでおじさんが一言発した。「君ちょっと中に入って」
俺はその言葉に一瞬ドキっとした。これは怒られるんじゃないかと。怒られるなら怒られるで良い。そう開き直り俺は導かれるままに会社の中に入った。

とりあえずソファーに座ってと言われた。パーテーションの向こうには何人かの人が仕事している気配がする。
そわそわしながら待つこと5分位か。さっきのおじさんが女性を連れてきた。お茶を持ってきてくれているので怒られることはないか。と勝手に安心したりもしていた。

おじさんがお茶を飲むと。いただきますと言って俺もお茶で喉を潤す。一体何を話すのだろうと思いながら。

しばらく沈黙が続く。その状況を打ち破ったのは一緒にきた女性だった。
「あの手紙を下さったのはあなたなのですか?」
俺は頷きながらそうですと答えた。

すると女性が封筒を机の上においた。汚い字で住所が書いてある。俺があの時出した手紙だ。
「この手紙はとても感動的でした今でも覚えていますよ」と女性がいう。さきほどのおじさんも頷きながら「遅くなったが返事も出したのだが戻ってきてしまった」と言った。
おそらく俺が家なき男の時期だったんだろう。そのことも話した。これから自分がどうしていきたいかも。2人は熱心に聞いてくれた。

「とりあえず飯でも食いにいこう」そうおじさんが言うとパーテーションの向こうに出ることを大声で告げる。するとある男性が「社長これだけチェックしてもらっていいですか?」と声が返ってきた。

このおじさんが社長さんだったのだ。後に分かったのは隣に座った女性は奥さんだった。チェックを終えた社長さんと奥さんの三人で近くの居酒屋さんでご飯とお酒をご馳走になりながら色々なことを話した。2人の馴れ初めなんかも聞いたり笑いの絶えない時間だった。こんなに笑ったのは久しぶりだなあ。

食事の最後の方に「とりあえずうちでは現状仕事を頼めることはないが知り合いに聞いてみる」と言ってくれた。俺には経験も何もないことは話したが「俺に任せろ」と言ってくれた。あの言葉はとても優しく心強かった。

俺は2人と別れほろ酔いで家に戻る。今までと違う希望のような光が俺を包んでいた。

たしか2日後くらいだったと思うが社長さんから連絡がきた。1つ頼めそうな仕事があるということで打ち合わせをするために日付けを決めた。

すごく嬉しかったが次の瞬間に俺は逃げたくなった。出来なかったらどうしようだめだったらどうしよう。迷惑かけたらどうしよう。マイナスな感情のどうしようどうしようのオンパレードだ。

ここで逃げたらだめだ。そう自分に言い聞かせながら打ち合わせ当日を迎えた。
緊張のせいか打ち合わせの内容はあまり覚えてないが仕事をもらえた。
会社のWEB制作をしてほしいということだ。現状はないのでゼロからの新規スタートとなる。そして俺の個人としての初仕事だ。

自信も実績もなかったので金額としては安く請負ったが無事に初仕事を終えて満足してもらえた。

あの時に達成感は気持ちよかったなあ。そして自信と希望が大きくなっていく感覚。今でも覚えてる。

長くなってきたのでその後の話しなんかはまた今度書こうと思う。

もちろん出会った人への感謝は当然のようにある。それは絶対に忘れてはいけない。
良い出会いに恵まれただけといえばそれまでだが行動を起こさなければその出会い自体も起きない。そこを見落とさないでほしい。いつも俺が思うことだ自分が動けば人も動く。人に期待しないで自分が行動する。そこには必ず何かが起こるんだ。

俺は何もない人間だった。ひきこもりにもなり社会にも馴染めず。統合失調症にもなった。大した学歴も職歴もない。家を失ったこともある。裏社会に触れたこともある。だが俺のような人間でも生きてる。仕事もある。結婚もできた。

自分でもよくここまで立ち直れたと思う。

ただ俺は同じような人間にこうするべきだとかこうしたら良いとかいうような記事をかくことはできない。そうすること自体が正しいことなのかも分からない。

俺の経験上からいうと答えをすぐに聞きたがる人は多い。そして経験もせずに人から聞いて答えを知った人間の成長はそこで止まる。しかし自ら経験をして答えを知った人間はそこから成長する。同じ答えを知るという意味でもその後の結果が違うものだ。

もしくは俺がこうするべきだと言われることを嫌だからかもしれない。

今の時点で分からない。だから俺は内省的に自分の経験を話している。誰かに伝えようとしているのではなくて誰かに俺の経験や言葉から何かを自分自信で感じとってほしいと思って書いている。

まず今日はこれぎり!

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